| 「金閣寺焼失」 |
.. 今日は「何の日」
.. 「金閣寺焼失」
.. 1950年7月2日の未明、鹿苑寺から出火の第一報。 .. 消防隊が駆けつけた時には、既に舎利殿から猛列な炎が噴出して手のつけようがなく、46坪の建築物が全焼した。 .. 不審火の疑いがあるとして同寺の関係者を取り調べたところ、同寺子弟の見習い僧侶であり大学生の林承賢(当時21歳)がいない事が判明し行方を捜索した。夕方になり金閣寺の裏にある左大文字山の山中で薬物のカルモチンを飲み切腹してうずくまっていた林を発見し放火の容疑で逮捕した。
.. 現在の金閣は国や京都府の支援、地元経済界などからの浄財により、事件の5年後の1955年に再建されたものである。 .. 金閣は明治時代に大修理が施されており、その際に詳細な図面が作成されていたことからきわめて忠実な再現が可能となった。
.. ただ当時の関係者によると、焼失直前の旧金閣はほとんど金箔の剥げ落ちた簡素な風情で、現在のように金色に光る豪華なものではなかったという。
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